魚醤とナレズシ

1982.10-1985.8

魚の発酵食品との出会い
ーおいしかったインドネシアの焼き飯ー


石毛直道が魚の発酵食品と出会ったのは食文化の研究を始める前の1963年、イリアン・ジャヤ(西ニューギニア)の奥地の探検の準備でインドネシアのジャカルタに滞在した時のことであった。下宿先でナシゴレンというインドネシア流の焼き飯のつくり方を見学すると、まず熱したヤシ油になにやら灰褐色の小さな塊を入れてから野菜や飯を炒めた。それが焼き飯のおいしさの秘訣のようであった。塊は口に入れると生臭くて、むかつくような強烈な匂いであったが、油に入れたり、火であぶったりして熱すると、食欲をそそる香気を発し、食物にコクのあるうま味がついた。これが後に述べる「トラシ」というインドネシアの小エビ塩辛ペーストであり、石毛と魚の発酵食品の最初の出会いであった。

その後東南アジア各地で、醤油のようなものを入れた小皿が、日本でのつけ醤油のように食卓によく置かれていることに気付いた。食卓だけでなく台所でも使用していること、日本の塩辛にあたる食品もあるらしいとわかった。これらはわれわれの味噌や醤油に該当する、東南アジアでは日常的に用いる食品でいずれも魚の発酵食品であった。

興味を持ち調べてみると、このような食品についてのまとまった研究がないことがわかり、自分で調査してみるほかないと考えた。そこで、漁業生態学者である石毛の親友、イギリス人のケネス・ラドル博士とともに1982〜86年の間、アジアの13か国、200か所の魚の発酵食品をつくる漁村や工場、家庭などで調査を行った。魚醤とナレズシに深いつながりがあることもわかってきたので、ナレズシについても調べることにした。

魚醤とナレズシ